Saturday, January 27, 2007

上海(中国)Ⅲ

一つの翡翠でできた仏様がいるお寺(玉仏寺)に行った。この建物は大雄宝殿と言うらしい。この風景は日本の普通のお寺に見れる光景が。お寺の付近は線香の匂いが。なんかどことなく懐かしい気分になった。建物が黄色いのは中国では特別らしい。皇居関係とお寺だけが黄色く塗られてるらしい。
この建物の中にその翡翠の仏様がいるわけではない。ここにはそれぞれの願い事がかなうお寺(建物)が入ってる。その一つに男の子が生まれますようにのお寺もあった。
中国ではまだ一人っ子政策が取られてるので、家族に赤ちゃんは一人だけ。家の名前を告がせたかったらもちろん男の子がいるわけで、ここで見た祈願者は本当に丁寧にお参りしてた。床に敷かれた絨毯の上に膝間づいてお祈りしてた。ところで、メインの翡翠仏は残念ながら撮影禁止。でもそれは結構大きかった。多分3メートルの高さとか言ってたような。そんなに大きくは見えんかったけど。

なんとも中国映画のシーンに出てきそうな感じ。

お寺内というのにこれまたセールが始まった。今度はティーハウス。4種類くらいのお茶をこの小さなカップでご賞味。まずこの長い方の湯飲み(4cmくらい)にお湯を入れて暖めた後、それを捨てて味見をする人たちにそれを配る。手を温めておくらしい。両手でそれを転がすかのように暖める。その後、急須に入れたお茶の葉を洗うかのように一旦お湯を入れ、それを捨てる。もう一度お湯を入れ、今度は長い方の湯飲みに注ぐ。その後、背の低い方の湯飲みを上にかぶせ、そのふたつの湯飲みがぴったり合わせてから、ひっくり返す。だから、小さい方が下で長い方が逆さまに入れられた状態。自分に配られた後、その長い方の湯飲みを上げて、小さい方にお茶を移してから、頂く。これまた大そうな作法。
透明の瓶は色んなお茶が入ってる。中には砂糖も入ってないのにほんのり甘いお茶があり、葉っぱを食べてみると、ものすごく甘かった。中国の人はぐっすり眠れる用のお茶とか、ストレス解消のお茶とか、体重を落とすお茶とかやら、色んな効能のあるお茶をその時々で飲み分けてるらしい。

この過去15年ほどで見違えるほど変わった上海。でもその町並みにはお金持ちや外国人だけではなく、昔からそこに住んでて、でも新しい高層マンションに入る余裕のない人たちの暮らしぶりが垣間見られる。

ガイドさんの話によると、27歳の彼女は昔、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんお母さんとの5人暮らし。住んでいたところは10平方メートルくらいの(乗ってた20人くらい乗りのバスを、このくらいの大きさといってた)部屋にカーテンで仕切って暮らしてたそう。それが普通だったらしい。ワンルームだけで、台所は外で近所の人と共同。トイレなんて、もちろん水洗じゃなく、地面に大きな木箱を埋めて穴を開けたものだったらしい。定年になった人の話でなくて、27歳の女の子の話がこれ。なんか共産主義ってこんなんかと思わされる。(今も中国は一応共産主義。でも、中身は資本主義と同じよう。)そんな今、彼女はアパートをふたつもってるという。

収入はと言うと、昔は政府に勤めてる彼女のお母さんの給料は4ドル程度だったらしい。個人経営の工場で働いてる人たちは9ドル。(多分一月)だから、彼女の家族は貧しい方だったらしい。それがあれよあれよと数年(3年ってゆったかな?)のうちにお母さんの給料は急上昇。今は400ドルくらい。それが個人経営で働いてた人たちはと言うと、ほとんどの人たちが仕事を失ったらしい。急成長で倒れていく会社がいっぱいあるそう。彼女が言うには平均収入は今、400ドルくらいってゆってた。と思う。この辺が曖昧。でも日本や他の進展国に比べると遥かに低かった。それなのにスターバックスでは他国と同じ値段でコーヒーを売ってるから、不公平だと言ってた。こんなに急成長した上海。コーヒーを買うのではなくて、その3ドルするコーヒーを買える自分に満足する満足感を買ってるかのよう。

そんな上海を見て、5・60年前の戦後の日本を考えてみた。多分似たような感じやったんと違うかなと思う。どんどんと急成長していく日本は国全体が一体となって「金持ち」になるのを願って私たちのおじいちゃんおばあちゃんは一生懸命働いたんじゃないかと。

いろんな国に来ると、本当に色んなことを習う。「今」だけを見るんじゃなくて、「昔」の人たちがいたから「今」があるんだなぁと。中国だけでなく、他の進展国も含めてその「昔」といずれかは思われる「今」を頑張ってるんじゃないかと思ったりする。

上海(中国)Ⅱ

上海に着いた翌日の日曜日、1日観光ツアーに参加した。上海の下調べは全くしてなかったので、どこに行くツアーが一番いいのか分からないため、まず無難な市内観光。
始めの目的地がここ。上海老街。市全体がこんな建物でできてるのではなく、ここ一体だけ。建物に興味のある私は結構私は感動した。なんかあー中国にきたんやなぁとイメージしてた中国と重ね合わせたりして。
有名なティーハウスらしい。
上海の有名な食べ物、小籠包を機会のように大勢で流れ作業で作ってた。皮を作る人と、中に肉詰めしていく人。奥の方にもずらりと並ぶ蒸籠の多さに圧倒される。ここは何時間も待ちでお客さんが並ぶほどのものすごく美味しい店らしい。残念ながら今回は小籠包、頂きませんでした。


豫園という庭園が有名なところに来た。 敷地内には色んな建物や独特の雰囲気の庭や池があちこちにある。 塀の上に作られた龍。向こうの方までずーっと尻尾が続いてる。
この壺のような形でくりぬかれた塀は昔の建物の工夫で、向こう側に見える景色を額縁にはめたように見せたもの。
中国の建物は本当に凝っている。
上海に来たらこれをを見ないと上海に来たと認められないほど有名は建物らしい。
私にとってはこういったごく普通そうなちょこっとしたところにある景色の方が感動する。竹薮を装った庭園。静かで気が和むようなそんな感じ。

庭園から一歩出ると住宅街。中国の正月はもうすぐ。2月の中旬らしい。その準備にお店には赤いものがいっぱい掲げられてる。ここでもたくさんの爆竹と提灯が所狭しと並ぶ。
シルクのミュージアムみたいなところに連れて行かれた。


何人かの女の人が、蚕の殻に巻きついてる絹の糸をこの機械で一本ずつ解いていく。これが見事に一本のシルクの糸。多分、殻ひとつにつき2000kmの長さの絹が巻きついてるって言ってたような。青い籠に入ってるのが解き終わった殻。その中にはもちろん蚕がいる。それは食べるらしい。料理して。

ガイドをしてくれた人はカニみたいな味がするといってた。(中国では何でも鳥の味に似てると言うのではなくて、カニの味に似てると言うらしい。)水の中にある白い塊が今ほどかれてる殻。何個かから出てる糸を合わせて強い糸を作っていく。触ってみたらこれがかなりしっかりした糸だった。
この時、気づかんかったけど、次の部屋に行ってもう一通りの説明を受けた後、なぜかさっきまでは蚕について説明してくれてたガイドさんが、押し売り並みの口調で絹の掛け布団の売り子に早代わり。私はまったく買う気がなかったので、横に立って周りを見渡したそのとき、私が目にしたのは、さっきまで一生懸命働いてた女の人たちが、ぱったりと手を休めてそこに突っ立ってる。な・なんとこの人たちは仕事をしてたんじゃなくて、デモンストレーションをしてたのだ!言われてみれば機械も少なかったし、こんな街のど真ん中に工場があるわけがない。なんか本当にやられた気分になった。そんなところでおつおつと掛け布団を買う人たち・・・。

Thursday, January 18, 2007

上海(中国)

今回の旅は1月13日から19日まで。上海へ。

上海に来るのは前からかなり楽しみにしてた。香港では見られんかった中国的なものが見れそうな気がして。来て見ると、他の大きな都市と比べて何の代わりもない様に見えるけど、あちこちで中国らしい建物が見られる。

上海は思ってたより寒かった。曇りがちで結構暗い。だから余計に寒く感じる。運良くこの写真を撮るときはお日さんが出た。でもこの日以来ずっと曇り。

着いた次の日に一日観光に申し込んで、上海の街を観光した。ガイドさんによるとこの写真の地域は毎年1センチずつ沈んでるらしい。でも、今でもいくつかの背の高いビルが建てられてる最中。それに世界一高くなるといわれてるビルも、ただ今建設中。

ホンコン(中国)

ホンコンに来た。また。1月9日から13日のなか三日。正月早々の仕事始め。3回目の訪問で泊まったホテルの部屋からの景色は良かったものの、ベッドがかちんこちんに硬い。こんなに硬いベッドで寝たの初めて。ホテルの予約、自分ですればよかったとかなり後悔。夜もぐっすり眠れないまま起きる朝は格別に辛かった。
仕事とホテルの間にある一角はお肉屋さんがずらりと並んでた。お肉屋さんと言っても、外にお肉がずらりと並ぶ。牛のセクションと豚のセクションに分かれてた。よくよく見ると色んなものが並んでる。よくよく見ると、なんか見たことあるようなないようなものがいっぱい並んでる。
上の写真の真ん中下には牛のしっぽらしきものも。あと、おっぱいみたいなのとか。
一番げっそりしたのがその隣のお肉屋さんの豚足がずらりとぶら下がってるもの。小さい方と大きい方が並んでた。ちょっとキモイ。
この他にも豚の鼻を頭の上までながーく切り取ったものとか(顔の両側が切り離されてる)。
しっかり牛のタマタマも(袋にびっしり)。

3日間滞在のうち、2日、お昼ご飯は飲茶やった。
まず、この漢字だらけの紙に書かれた飲茶に何個ずつ欲しいかを鉛筆で書いていき、それをウェイターに渡す。
・・・と、来るわ来るわ。ノンストップ。次から次へと運ばれて来た。ターンテーブルに乗り切らないくらい。もちろん、ご完食。

次の日の朝、凝りもせず、また飲茶。
朝の9時から朝ごはんに飲茶。次の目的地へ向かう朝、空港で。これがたたって、一日中気分が優れなかった。

今回の香港滞在は結構短かった。思い出せるものといえば飲茶のみ。

Sunday, January 14, 2007

年末年始(日本)

12月24日のクリスマス・イヴ到着で日本に帰ってきた。家族と2週間も過ごせるのは1年頑張って働いた甲斐があったと実感するとき。特に急成長してる姪(6歳)と甥(3歳)に会うのが楽しみ。っていうか、実はそれがあるから帰ってきてるものといってもいいほど。

クリスマス・イヴに張り切って空港まで迎えに来てくれた姪と甥に、今年は忙しすぎてゆっくりプレゼントを買う時間がなかったのが残念。子供と言うものは本当に正直なもので、今年はこれだけ?みたいな顔をされた。しかも、プレゼントを買うに当たって、店に並んでるものは全部オランダ語なので、おちおち絵本も買えない難しさ。嵩張るおもちゃなんて到底荷物制限が厳しいヨーロッパからなんてそんなにいっぱい持ってこれるものでもないし。・・・と言い訳に聞こえるか。

帰ってきてまだ時差ぼけも抜けてないうちに1週間でお正月。3ガ日が終わって姪と甥のお年玉を見てびっくり。こんなにも数、もらえるわけ?この年で・・・。今やから惜しまずに出してくれてる親戚の人も、きっと中学生くらいからはバッタリやむやろうな。っていうか、自分がもう何年も貰ってないから数、多く見えるんかな。とりあえず私が小学校低学年のときは「お年玉やから」と、本当に玉(硬貨)しか入ってなかったポチ袋もあったのに。世の中は変わったものだ。


3日目になってようやく初詣に行った。おねえの家族と一緒に。「たこ焼きが食べたい」と言ったのに、なぜか行き着いた先はぜんざいやさん。「夜、たこ焼きパーティーしたらええやん。」の言葉に乗せられた。おねえんちのたこ焼き器。実家が持ってたガス用の一気に30個くらい焼けるのとはちょっと違う。今は電気使用(みたい)。
たこ焼きをクルッとするのなんて、何年ぶりにしたやろう。自分では達人の私。6歳の姪が「一人で全部やる!」と意気込んでるところを、横から競争を挑むかのように必死になってやったった。「たこや機器、オランダにもって帰ったらええやん。」と言われたけど、これほど一人でして寂しいものはない。しかもいっぱい引っ掛けながら。
ようやくできたたこ焼き。しかし、食べ過ぎた。やっぱりソースもいいけど、私は中に醤油(おねえのところはダシ醤油やった。)が入った醤油たこ焼きが大好き。


めちゃめちゃ地元のお好み焼きやさん。2・3年は軽く行ってなかった念願のお好み焼きを堪能した。毎年日本に帰るたびに行こうと試みるが、機会があんまりない。前回なんてせっかく行ったのに休み。久しぶりのここのお好み焼きは本当に美味しかった。私は鰹節、ひらひらしてる方が好きやけど、まぁよし。手前のが私の。美味しそうにできた。実際うまかった。

神戸に家族総出で美味しい中華を食べに行った時、なぜか子供たちが動物園に行きたいと言い出した。王子動物園。もう3時。実際どこにあるかも分からず、おねえの勘で車を走らせたお父さん。たまたま着いてしまった・・・。私はかなりどんよりモード。動物園なんて、閉園の時間は近いやろうし、くっさいやろうし、動物興味ないし。
おーっとこれがなんのその。パンダがいてるなんて!これが笹の葉を食べて可愛い。子供に負けず一番最前列でパンダを見たり、オットセイを見てる私を見ておねえが一言。「あんたが一番、はしゃいでるやん。」・・・鋭い。
例年より暖かめの今年。ホッキョクグマがぐっでりしてた。こういうところでも地球温暖化現象が見受けられる。
結局閉園までの数時間、動物さんたちを堪能させていただきました。結構あそこ、面白い。どっちかと言うとまた行きたい。

誕生日。お友達からお花が届きました。こういうサプライズ、本当に嬉しい。・・・と言うことで、大台をまたいでしまいました。去年は大台に乗ったけど、乗るより跨ぐ方が辛い。どっちかと言うと、去年の誕生日は結構嬉しかった。なんていうか、大人になった感じがして。
二十歳からの10年間は私にとっては本当に長い道のりで、自分のこと、よくやったと思うから、30になったときはその誇りと言うか、そんな感じがした。次の10年はどうなることやろう。ここ一番の人生の一発勝負といったところかな。女としての可能性がこの10年で決まる。(意気込みすぎ?)

と言うわけで、1月9日に一度日本を去った。出張で。けど、また戻る。オランダに戻る前に2日間だけ。その楽しみがあるから年初めの仕事も渋々できると言うわけ。

Wednesday, December 27, 2006

クリスマスパーティー(オランダ)

12月15日、会社のクリスマスパーティーがあった。アメリカもヨーロッパも、会社の食事会となると結婚相手とか付き合ってる人もご招待。毎年、なぜか遠距離の私はいつも一人で。だけど今年は、会社のおごりでジョシュさんの飛行機代を持ってくれたので初めて彼氏連れでパーティーに参加。しかも、ジョシュさんが来てる間の1週間、休みとっていいからって(有休以外に)。えーーー。かなり満足。豪華なクリスマスプレゼントを頂きました。しかも、お酒を飲んだら車、運転できないからと食事をしたホテルでの一泊朝食付き(これは全員)。ずっとオランダにいとこかな。
ところでパーティー、ななんと、正装と言われて私も張り切ってドレスをきたんやけど、ほとんどの男の人たちタキシード姿。しっかり蝶ネクタイしてた。赤とか、金色とかの蝶ネクタイ。日本でそんなん着てたら仮装大会かと思われるでくらいの勢い。でもなんか私は好きやった。一年の終わりの締めくくりに正装して(しすぎ?)食事なんて、なんかいい。イギリス人の私の上司とアメリカ人のジョシュさんは普通にスーツでした。

Tuesday, December 26, 2006

パリ(フランス)


12月5日6日とパリに行ってきました。そのお土産に買ったのが、このたっかい缶詰。こんなに高い缶カンに入った食べ物を買ったのは初めて。フォアグラ。
レストランでは食べたことがあるけど、この缶詰にどうやって入ってるのか、どうやって料理したらいいのかも分からんし・・・。でも、一回買ってみんことには、これからずーっと「どうしよう どうしよう」で終わると思ったので、思い切って買ってみた。お店の人が出してくれたテイスティングのものは生。生って言うか、缶詰から出してそのままのフォアグラを2cm角くらいに切って、パンに乗せたもの。口の中でなんかちょっと違和感があった・・・。肝食べてるって感じで。実はここでちょっとひるんだけど、でもやっぱり買った。
一人で賞味するのもなんなので、とりあえず、ジョシュさんがアムステルダムに来るまで待って、ちょっと普通にフライパンでソテーしてみた。ジョシュさんは生で一口、缶詰から出したままを味見。でもその一口で終わってた。
ソテーして、塩と黒コショウで味付け。これがうまい!残りの半分はフライパンに残ったフォアグラから出た油汁っぽいところに赤ワインを入れてソースを作ってみた。これも結構うまかった。パンに乗せて食べた。マジうまい。今度も買ってみよう。

Monday, December 04, 2006

アムステルダム(オランダ)

ついにアムステルダムに帰ってきました。空港から帰って来たのが朝の8時。そして、これが朝の8時のアムステルダムの風景。ここの朝が始まるのは本当に遅いのです。
アジアが恋しい。

Sunday, December 03, 2006

マニラ(フィリピン)

マニラに来た。11月27日から12月1日までの旅。

フィリピンはスペインに占拠された後、アメリカに占拠されたので、文化がアジアっぽくない。宗教は始めはイスラム教だったけど、今はほとんどの人がカソリック教。結構宗教深い。あと、マニラはインターナショナルな都市なので、皆英語が達者。マニラだけではないと思う。フィリピン全般に。だから、今まではインドに流れてたサポートとかの仕事が、最近はフィリピンにいっぱい入ってきてるらしい。インド人がフィリピンに移住してくるくらい。フィリピン人の英語はアメリカ英語に似てて、インド人が話す英語とは全然違う。仕事によってはイギリスからの仕事もあるので、イギリス英語弁を習える学校もあるらしい。その辺の熱心さがすごいと思う。

空港からホテルに着くまでは、なんかジャカルタに似てるなーと思ってたけど、朝になって日中に見たマニラは全然違う。マニラ以外の地域は見てないけど、マニラだけを見てると、私の中では第三世界とは呼べないくらい発展してる。アメリカみたいな大きいデパートとかいっぱいあるし、クリスマスのデコレーションとか、もしかしたらニューヨークくらい派手なような気がする。

とはいっても、やっぱり貧しいところは面々見られて、私の中での第三世界に当てはまるチェック項目のいくつかに当てはまる部分がある。例えば、夜遅くまで子供が外で遊んでる。野良犬が多い。渋滞が考えられないほど多くて、車線なんてほとんど無視。信号のプログラムがよくない。会社でのコーヒーは、インスタント。トイレで紙を流してはいけない・・・など。

その点泊まるホテルはかなり心地よい。しかも人件費が安いのでマッサージがかなりお手ごろな値段。私にとってはそれが一番の贅沢。フィリピンの食べ物は、食べるものによるとは思うけど、一晩目に頼んだご飯、食べれんかった。ライスヌードルって書いてたから、ベトナムとか中華のライスヌードルみたいなのかと思ってたら、全然違う。なんか透明の変な麺やった。最後の夜に連れて行ってもらったフィリピン料理のレストランでは美味しいものがでてきたけど。ものによるんかな。

二番目に連れて行ってもらったカニのレストラン。オーダーを任せたら、出てきたのが1.5kgの巨大ガニ。これは中国料理っぽく味付けされてて、美味しかった。四川風やったと思う。うまい。


マニラでの私の仕事は、トレーニング。今回一緒に仕事をした会社が垂れ幕って言うか、スタンド幕?をわざわざ作ってくれた。縦2メートル、幅50センチくらいのがスタンドにかけられてる。結構でかい。私の名前(下)、一応スペル間違ってるけど、なんかスターにでもなった気分。コンサートでも開くみたいな感じ。なんかこんなん初めてで嬉しかった。っていうか、びっくりしたのとちょっと恥ずかしいのと・・・。ついでにお土産にくれた。いつつ何に使えばいいのか。

普段は多くても1クラス8人くらいしか入れないこのトレーニング、今回はなんと最大35人。ちょっとした大学の講義室みたいなところで教えたので(席が段々にあがってるような部屋)、マイクが必要で、15年ぶりくらいにマイクらしいマイクを握った。どっぷり重くて、ピンでシャツにつけるようなピンマイクでない、紅白で司会者が使うようなマイク。自分の響く声にちょっと酔いしれて、喋り捲ってしまった。


マニラの見せ物って言うか、観光客が行くようなところ、あるんやろうか。あったにせよ、今回はどこにも行かなかった。この都市は2・3年前くらいに急に発展し始めたので、建物も新しいし、町全体も新しい。今度マニラに行くときは、もっとオリジナルのマニラというか、フィリピンの自然を見てみたい。

バリ(インドネシア)Ⅲ

観光地をまわるのは楽しいけど、私が一番好きなのは車から見る景色。その土地土地の本当の姿が見られる。観光客用に飾られたホテルとかと違って、そこのローカルの生活が見られる。国によってはその日その日を生きのびてる人たちの頑張りが見られる。

始め、上の写真の光景を見たとき、親子一緒にバイクに乗ってる姿がなんか、のどかでついつい写真を撮ってしまった。小さい女の子がお父さんの後ろにしがみついて、バイクに乗るのを楽しんでる光景。だけど、車がその親子を抜かすとき、これまたびっくり。お父さんの前にもう一人もっと小さい男の子が乗ってた(写真左)。

親子三人乗り。ここまでくると、ちょっとこれは危ないでしょう。普通に。
親子三人乗りに加えて、私が見たのは子供がバイクに二人乗り。見た目には多分10歳くらい。ガイドさんに子供でもバイク乗っていいの?って聞いたら、警察がみてなかったらいいって。何それ。かなり適当。たった10歳の子供たちがバイクに二人乗りって!小学生やん。

バリではほとんどの仕事が観光客につながるものばかり。でも、もちろん他の仕事もあるわけで、そのひとつが農耕。お米を作るお百姓さん。バリでは年に3回もお米が取れる。これがなんとも不思議で、ある一部の田んぼではもう稲が茶色になってて、そろそろ刈りごろやったり、もう刈ってるところもあるにもかかわらず、他のところでは今植えたばっかりの稲が見られる。
なんか変な感じ。1年中同じ気候やと、収穫時とか、旬というものがないんやろうか。バリでは2季があって、乾燥季と雨季。気候は私らで言う夏。どうやってその二季を使い分けるんやろうか。例えば、パイナップルは雨季の方が甘くなるとか?ま、どうでもいいけど、ここのフルーツはかなり美味しい。

石の彫り物で有名な地域がある。そのエリアに入ると、道沿いにずらっと店が立ち並ぶ。店の前には売り物の彫刻が所狭しと並んでる。彫り物は色々あって、仏さんとか、像、裸の女の人、サルとか色々。ほとんどの物が宗教がらみのものやと思う。色んな石から作られてるので、物によっては、これかなり年季入ってるなぁと思うけど、多分それは茶色っぽい石を使ってるだけやろう。ほんまに色んなものがある。


これ、何と思う?実はマンゴ。マンゴの木なんて見たことなかったからちょっと私には驚き。だって、マンゴが木になることさえも考えたことなかった。まぁ、りんごみたいに軸があるから、考えてみたらそうなんやけど。


トラックの後ろに乗せられて輸送されてる牛たち。
バリでは牛はかなり高いらしい。多分どこでもかな。話によると、牛一頭10万円するらしい。現地の人の収入に比べると、これはかなり高い。平均年収よりも高い勢い。ガイドさんによると、この牛は食べ物になるために輸送されてるか、大人の大きさになるまで育てられて食べ物になるときにもっと高い値段で売られるからしい。納得。
ところで、インドの牛との違いは、バリの牛は容姿がいいのと、木とかに結び付けられて飼われてる。その点、インドの牛は人間と同じように道を歩き回って、体はもう見てられんくらいガリガリ。
そういえば、バリの街では家の軒先に鳥かごが良くぶら下がってた。これはペットの小鳥のためかと思いきや、よくよく見ると、鶏が入ってた!どうりで鳥かご、でかいはず。それにしても軒先につるしてるということは、猫を避けるためなんかな?餌食にならんように。


12月にあるお祭りのために、家々の前にはちょっとしたデコレーションがされてる。日本で言う門松みたいなもんやと思う。長い竹を立てて、その竹の先は曲げられてる。竹の先端はお金持ちを表してるらしく、竹の先を曲げることで、お金持ちは貧しい人を見守るって言う意味があるらしい。竹には黄色か白の傘がくくりつけられてる。両方つけてる家もあるけど、ほとんどの家はどっちか一本。黄色と白は男性と女性を表してるらしい。この地域では、道の片側の家は黄色の傘をつけて、反対側は白色。このコンビネーションがいい。両方そろって夫婦。


1日半のバリの旅、かなり満喫した。是非是非また期待。今度は1週間くらいゆっくりと。今度来るときは、忙しすぎる予定を立てないで、2・3日は気の向くままにビーチに言ったり、マッサージを受けたりしたい。完璧にリラックスできる旅。残りの旅は、観光に。その時、両親を連れてこられたらもっといいのに。

バリ、またやって来ます。

Friday, December 01, 2006

バリ(インドネシア)Ⅱ

何から書けばいいのか。書きたいことがありすぎる。とりあえず、バリの空港に着いたときの話から。

バリに着いた時、キャッシュをもってた方が何かと(チップとか)便利なので、キャッシュマシーンを探したけど見当たらないので、エクスチェンジのカウンターに行くことにした。そこには5つくらいずらっとエクスチェンジのカウンターが並んでて、私を見るや否や皆「こっちおいで。こっちおいで。」って叫びだした。もうなんか押し売り状態。なんか圧倒されながらもレートに違いがあるのかをチェック。そしたら全部同じ値段。というわけで、一番最初に声をかけてくれた人のところに行くことにした。なんか他のカウンターの人に後ろ髪を引かれる思いで。なんで気ぃつかわなあかんねん。

2日目、ツアーに行った。9時に集合で、同じツアーに参加する人がわんさかロビーで待ってるのかと思いきや、実は私専用のツアーガイドさんと運転手さんが来た。車に乗り込んだ後、このまま誘拐されてしまったらどうしよう・・・。ホテル、探してくれるかな?って不安になったけど、観光地に着いたら専用のガイドを皆連れてたから、きっとこれが普通なんやと思う。なんか社長になった気分にちょっとなってしまったわ。


はじめに訪れたのは、タマン・アユっていう17世紀に建てられたバリで2番目に大きい寺院。上の写真がその門。左の写真はその門をくぐった後にある庭園に立ってるメルっていう神社。一つ一つが神社みたいなまつわられたところ。このメルが青空に立ってる姿がかなり綺麗かった。ガイドさんによると、バリでは山を神様と崇められてて、だからメルも山の形。
観光客は寺院の中に入れないので、その周りに作られた通路を通って中を覗くような感じで見学。
50年に1回のお祭りが12月にあるらしく、その用意で皆暑い中頑張ってた。色んなものを作ってた。男の人も女の人も。

他の女の人のグループはお昼ご飯係。おにぎりを作ってた。そのおにぎりが、これまた山形。こだわってる。

ふたつ目に訪れたのがタナ・ロットっていうお寺。海の中に立ってるお寺で、昼間は潮が引くので水の高さが膝まで。お寺まで歩いていける。お寺の前で見る景色も良かったけど、ちょっと離れた高いところからの景色も良かった。

その反対側にはもうひとつの神社がある。これは崖の上にまつわられてて、昼間も綺麗けど、夕日を背景に見るこの景色は本当に綺麗らしい。


専用のガイドさんを持つ特権は、自分が行きたい所に交渉しだいで連れて行ってくれる。ツアーのパッケージには、サルの森って言うところに連れて行かれるんやったんやけど、私、サルなんてなんぼでも見たことあるし、食べ物持ってたら襲われるしで、関心がない。ガイドさんにバリ人はそこに行くの?って聞いたら、そこは観光客が好むところって。それやったらしょうもなさそうやから、他のところにつ入れていって欲しいってゆったら、クタっていうビーチに行こうって。バリに来たらそこのビーチに行かんかったらバリに来た意味がないらしい。そこまで言われるのなら・・・と行って見るとこれまた他の地域とは全然違う環境。ここはサーファーの街。ものすごい観光客向きに作られた街って感じ。マイアミに似てる。ショップがズラーって並んでて、レストランがあちこちに。この街が2002年にテロでクラブが爆破されたところ。クタだけ見ると、発展途上国とは思われへん。クタって言うところがあるってことを知ったことはよかったけど、私は自分が滞在してたヌサ・ドゥアっていうところ向きやと思った。静かでいい。年かな。

ツアーの最後についてたお昼ご飯。インドネシア料理。うまい。


このツアーは9時から4時までの7時間ツアー。その癖、私がホテルに連れてこられたのは2時半。なんか、早ない?でも、その貴重な残りの午後、海辺に行くことにした。2・3分泳いだ後、海辺でゆったりと寝そべった。波の音で寝転ぶなんて、ほんまに贅沢。

全体的にツアーは良かったけど、私、このツアーガイド、ちょっと気になる。どの観光地に行っても、1分くらいちょろっと喋っては、「はい、写真とって。」で、ちょっと歩くと、「はい、ここからの景色はいいよ。写真とって。」って。ゆわれるままに写真をとってるのは私なんやけど。写真を取ってる間は彼、木陰で一休み。私としてはせっかくここまで来てるんやから、もっと歴史とか、その土地の文化の話とかを聞かせて欲しいのに、なんかあっけなかった。やっぱり70ドル、高いよな。やられたかな。