Saturday, January 27, 2007

上海(中国)Ⅲ

一つの翡翠でできた仏様がいるお寺(玉仏寺)に行った。この建物は大雄宝殿と言うらしい。この風景は日本の普通のお寺に見れる光景が。お寺の付近は線香の匂いが。なんかどことなく懐かしい気分になった。建物が黄色いのは中国では特別らしい。皇居関係とお寺だけが黄色く塗られてるらしい。
この建物の中にその翡翠の仏様がいるわけではない。ここにはそれぞれの願い事がかなうお寺(建物)が入ってる。その一つに男の子が生まれますようにのお寺もあった。
中国ではまだ一人っ子政策が取られてるので、家族に赤ちゃんは一人だけ。家の名前を告がせたかったらもちろん男の子がいるわけで、ここで見た祈願者は本当に丁寧にお参りしてた。床に敷かれた絨毯の上に膝間づいてお祈りしてた。ところで、メインの翡翠仏は残念ながら撮影禁止。でもそれは結構大きかった。多分3メートルの高さとか言ってたような。そんなに大きくは見えんかったけど。

なんとも中国映画のシーンに出てきそうな感じ。

お寺内というのにこれまたセールが始まった。今度はティーハウス。4種類くらいのお茶をこの小さなカップでご賞味。まずこの長い方の湯飲み(4cmくらい)にお湯を入れて暖めた後、それを捨てて味見をする人たちにそれを配る。手を温めておくらしい。両手でそれを転がすかのように暖める。その後、急須に入れたお茶の葉を洗うかのように一旦お湯を入れ、それを捨てる。もう一度お湯を入れ、今度は長い方の湯飲みに注ぐ。その後、背の低い方の湯飲みを上にかぶせ、そのふたつの湯飲みがぴったり合わせてから、ひっくり返す。だから、小さい方が下で長い方が逆さまに入れられた状態。自分に配られた後、その長い方の湯飲みを上げて、小さい方にお茶を移してから、頂く。これまた大そうな作法。
透明の瓶は色んなお茶が入ってる。中には砂糖も入ってないのにほんのり甘いお茶があり、葉っぱを食べてみると、ものすごく甘かった。中国の人はぐっすり眠れる用のお茶とか、ストレス解消のお茶とか、体重を落とすお茶とかやら、色んな効能のあるお茶をその時々で飲み分けてるらしい。

この過去15年ほどで見違えるほど変わった上海。でもその町並みにはお金持ちや外国人だけではなく、昔からそこに住んでて、でも新しい高層マンションに入る余裕のない人たちの暮らしぶりが垣間見られる。

ガイドさんの話によると、27歳の彼女は昔、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんお母さんとの5人暮らし。住んでいたところは10平方メートルくらいの(乗ってた20人くらい乗りのバスを、このくらいの大きさといってた)部屋にカーテンで仕切って暮らしてたそう。それが普通だったらしい。ワンルームだけで、台所は外で近所の人と共同。トイレなんて、もちろん水洗じゃなく、地面に大きな木箱を埋めて穴を開けたものだったらしい。定年になった人の話でなくて、27歳の女の子の話がこれ。なんか共産主義ってこんなんかと思わされる。(今も中国は一応共産主義。でも、中身は資本主義と同じよう。)そんな今、彼女はアパートをふたつもってるという。

収入はと言うと、昔は政府に勤めてる彼女のお母さんの給料は4ドル程度だったらしい。個人経営の工場で働いてる人たちは9ドル。(多分一月)だから、彼女の家族は貧しい方だったらしい。それがあれよあれよと数年(3年ってゆったかな?)のうちにお母さんの給料は急上昇。今は400ドルくらい。それが個人経営で働いてた人たちはと言うと、ほとんどの人たちが仕事を失ったらしい。急成長で倒れていく会社がいっぱいあるそう。彼女が言うには平均収入は今、400ドルくらいってゆってた。と思う。この辺が曖昧。でも日本や他の進展国に比べると遥かに低かった。それなのにスターバックスでは他国と同じ値段でコーヒーを売ってるから、不公平だと言ってた。こんなに急成長した上海。コーヒーを買うのではなくて、その3ドルするコーヒーを買える自分に満足する満足感を買ってるかのよう。

そんな上海を見て、5・60年前の戦後の日本を考えてみた。多分似たような感じやったんと違うかなと思う。どんどんと急成長していく日本は国全体が一体となって「金持ち」になるのを願って私たちのおじいちゃんおばあちゃんは一生懸命働いたんじゃないかと。

いろんな国に来ると、本当に色んなことを習う。「今」だけを見るんじゃなくて、「昔」の人たちがいたから「今」があるんだなぁと。中国だけでなく、他の進展国も含めてその「昔」といずれかは思われる「今」を頑張ってるんじゃないかと思ったりする。

上海(中国)Ⅱ

上海に着いた翌日の日曜日、1日観光ツアーに参加した。上海の下調べは全くしてなかったので、どこに行くツアーが一番いいのか分からないため、まず無難な市内観光。
始めの目的地がここ。上海老街。市全体がこんな建物でできてるのではなく、ここ一体だけ。建物に興味のある私は結構私は感動した。なんかあー中国にきたんやなぁとイメージしてた中国と重ね合わせたりして。
有名なティーハウスらしい。
上海の有名な食べ物、小籠包を機会のように大勢で流れ作業で作ってた。皮を作る人と、中に肉詰めしていく人。奥の方にもずらりと並ぶ蒸籠の多さに圧倒される。ここは何時間も待ちでお客さんが並ぶほどのものすごく美味しい店らしい。残念ながら今回は小籠包、頂きませんでした。


豫園という庭園が有名なところに来た。 敷地内には色んな建物や独特の雰囲気の庭や池があちこちにある。 塀の上に作られた龍。向こうの方までずーっと尻尾が続いてる。
この壺のような形でくりぬかれた塀は昔の建物の工夫で、向こう側に見える景色を額縁にはめたように見せたもの。
中国の建物は本当に凝っている。
上海に来たらこれをを見ないと上海に来たと認められないほど有名は建物らしい。
私にとってはこういったごく普通そうなちょこっとしたところにある景色の方が感動する。竹薮を装った庭園。静かで気が和むようなそんな感じ。

庭園から一歩出ると住宅街。中国の正月はもうすぐ。2月の中旬らしい。その準備にお店には赤いものがいっぱい掲げられてる。ここでもたくさんの爆竹と提灯が所狭しと並ぶ。
シルクのミュージアムみたいなところに連れて行かれた。


何人かの女の人が、蚕の殻に巻きついてる絹の糸をこの機械で一本ずつ解いていく。これが見事に一本のシルクの糸。多分、殻ひとつにつき2000kmの長さの絹が巻きついてるって言ってたような。青い籠に入ってるのが解き終わった殻。その中にはもちろん蚕がいる。それは食べるらしい。料理して。

ガイドをしてくれた人はカニみたいな味がするといってた。(中国では何でも鳥の味に似てると言うのではなくて、カニの味に似てると言うらしい。)水の中にある白い塊が今ほどかれてる殻。何個かから出てる糸を合わせて強い糸を作っていく。触ってみたらこれがかなりしっかりした糸だった。
この時、気づかんかったけど、次の部屋に行ってもう一通りの説明を受けた後、なぜかさっきまでは蚕について説明してくれてたガイドさんが、押し売り並みの口調で絹の掛け布団の売り子に早代わり。私はまったく買う気がなかったので、横に立って周りを見渡したそのとき、私が目にしたのは、さっきまで一生懸命働いてた女の人たちが、ぱったりと手を休めてそこに突っ立ってる。な・なんとこの人たちは仕事をしてたんじゃなくて、デモンストレーションをしてたのだ!言われてみれば機械も少なかったし、こんな街のど真ん中に工場があるわけがない。なんか本当にやられた気分になった。そんなところでおつおつと掛け布団を買う人たち・・・。

Thursday, January 18, 2007

上海(中国)

今回の旅は1月13日から19日まで。上海へ。

上海に来るのは前からかなり楽しみにしてた。香港では見られんかった中国的なものが見れそうな気がして。来て見ると、他の大きな都市と比べて何の代わりもない様に見えるけど、あちこちで中国らしい建物が見られる。

上海は思ってたより寒かった。曇りがちで結構暗い。だから余計に寒く感じる。運良くこの写真を撮るときはお日さんが出た。でもこの日以来ずっと曇り。

着いた次の日に一日観光に申し込んで、上海の街を観光した。ガイドさんによるとこの写真の地域は毎年1センチずつ沈んでるらしい。でも、今でもいくつかの背の高いビルが建てられてる最中。それに世界一高くなるといわれてるビルも、ただ今建設中。

ホンコン(中国)

ホンコンに来た。また。1月9日から13日のなか三日。正月早々の仕事始め。3回目の訪問で泊まったホテルの部屋からの景色は良かったものの、ベッドがかちんこちんに硬い。こんなに硬いベッドで寝たの初めて。ホテルの予約、自分ですればよかったとかなり後悔。夜もぐっすり眠れないまま起きる朝は格別に辛かった。
仕事とホテルの間にある一角はお肉屋さんがずらりと並んでた。お肉屋さんと言っても、外にお肉がずらりと並ぶ。牛のセクションと豚のセクションに分かれてた。よくよく見ると色んなものが並んでる。よくよく見ると、なんか見たことあるようなないようなものがいっぱい並んでる。
上の写真の真ん中下には牛のしっぽらしきものも。あと、おっぱいみたいなのとか。
一番げっそりしたのがその隣のお肉屋さんの豚足がずらりとぶら下がってるもの。小さい方と大きい方が並んでた。ちょっとキモイ。
この他にも豚の鼻を頭の上までながーく切り取ったものとか(顔の両側が切り離されてる)。
しっかり牛のタマタマも(袋にびっしり)。

3日間滞在のうち、2日、お昼ご飯は飲茶やった。
まず、この漢字だらけの紙に書かれた飲茶に何個ずつ欲しいかを鉛筆で書いていき、それをウェイターに渡す。
・・・と、来るわ来るわ。ノンストップ。次から次へと運ばれて来た。ターンテーブルに乗り切らないくらい。もちろん、ご完食。

次の日の朝、凝りもせず、また飲茶。
朝の9時から朝ごはんに飲茶。次の目的地へ向かう朝、空港で。これがたたって、一日中気分が優れなかった。

今回の香港滞在は結構短かった。思い出せるものといえば飲茶のみ。

Sunday, January 14, 2007

年末年始(日本)

12月24日のクリスマス・イヴ到着で日本に帰ってきた。家族と2週間も過ごせるのは1年頑張って働いた甲斐があったと実感するとき。特に急成長してる姪(6歳)と甥(3歳)に会うのが楽しみ。っていうか、実はそれがあるから帰ってきてるものといってもいいほど。

クリスマス・イヴに張り切って空港まで迎えに来てくれた姪と甥に、今年は忙しすぎてゆっくりプレゼントを買う時間がなかったのが残念。子供と言うものは本当に正直なもので、今年はこれだけ?みたいな顔をされた。しかも、プレゼントを買うに当たって、店に並んでるものは全部オランダ語なので、おちおち絵本も買えない難しさ。嵩張るおもちゃなんて到底荷物制限が厳しいヨーロッパからなんてそんなにいっぱい持ってこれるものでもないし。・・・と言い訳に聞こえるか。

帰ってきてまだ時差ぼけも抜けてないうちに1週間でお正月。3ガ日が終わって姪と甥のお年玉を見てびっくり。こんなにも数、もらえるわけ?この年で・・・。今やから惜しまずに出してくれてる親戚の人も、きっと中学生くらいからはバッタリやむやろうな。っていうか、自分がもう何年も貰ってないから数、多く見えるんかな。とりあえず私が小学校低学年のときは「お年玉やから」と、本当に玉(硬貨)しか入ってなかったポチ袋もあったのに。世の中は変わったものだ。


3日目になってようやく初詣に行った。おねえの家族と一緒に。「たこ焼きが食べたい」と言ったのに、なぜか行き着いた先はぜんざいやさん。「夜、たこ焼きパーティーしたらええやん。」の言葉に乗せられた。おねえんちのたこ焼き器。実家が持ってたガス用の一気に30個くらい焼けるのとはちょっと違う。今は電気使用(みたい)。
たこ焼きをクルッとするのなんて、何年ぶりにしたやろう。自分では達人の私。6歳の姪が「一人で全部やる!」と意気込んでるところを、横から競争を挑むかのように必死になってやったった。「たこや機器、オランダにもって帰ったらええやん。」と言われたけど、これほど一人でして寂しいものはない。しかもいっぱい引っ掛けながら。
ようやくできたたこ焼き。しかし、食べ過ぎた。やっぱりソースもいいけど、私は中に醤油(おねえのところはダシ醤油やった。)が入った醤油たこ焼きが大好き。


めちゃめちゃ地元のお好み焼きやさん。2・3年は軽く行ってなかった念願のお好み焼きを堪能した。毎年日本に帰るたびに行こうと試みるが、機会があんまりない。前回なんてせっかく行ったのに休み。久しぶりのここのお好み焼きは本当に美味しかった。私は鰹節、ひらひらしてる方が好きやけど、まぁよし。手前のが私の。美味しそうにできた。実際うまかった。

神戸に家族総出で美味しい中華を食べに行った時、なぜか子供たちが動物園に行きたいと言い出した。王子動物園。もう3時。実際どこにあるかも分からず、おねえの勘で車を走らせたお父さん。たまたま着いてしまった・・・。私はかなりどんよりモード。動物園なんて、閉園の時間は近いやろうし、くっさいやろうし、動物興味ないし。
おーっとこれがなんのその。パンダがいてるなんて!これが笹の葉を食べて可愛い。子供に負けず一番最前列でパンダを見たり、オットセイを見てる私を見ておねえが一言。「あんたが一番、はしゃいでるやん。」・・・鋭い。
例年より暖かめの今年。ホッキョクグマがぐっでりしてた。こういうところでも地球温暖化現象が見受けられる。
結局閉園までの数時間、動物さんたちを堪能させていただきました。結構あそこ、面白い。どっちかと言うとまた行きたい。

誕生日。お友達からお花が届きました。こういうサプライズ、本当に嬉しい。・・・と言うことで、大台をまたいでしまいました。去年は大台に乗ったけど、乗るより跨ぐ方が辛い。どっちかと言うと、去年の誕生日は結構嬉しかった。なんていうか、大人になった感じがして。
二十歳からの10年間は私にとっては本当に長い道のりで、自分のこと、よくやったと思うから、30になったときはその誇りと言うか、そんな感じがした。次の10年はどうなることやろう。ここ一番の人生の一発勝負といったところかな。女としての可能性がこの10年で決まる。(意気込みすぎ?)

と言うわけで、1月9日に一度日本を去った。出張で。けど、また戻る。オランダに戻る前に2日間だけ。その楽しみがあるから年初めの仕事も渋々できると言うわけ。