Sunday, March 18, 2007

ゴルフレッスン(オランダ)

実は先週末からゴルフレッスンを始めまして・・・。

10週間みっちりで、2時間のゴルフコースを回るレッスンも含まれてます。それまでにちゃんと上達するのかどうかが心配。最後にはゴルフのテストがあって、筆記と実施。それに合格しないとゴルフコースでプレイできないのです。どっちかといえば免許みたいなもの。

先週一度も練習できなかったので、今日は1時間前に行って打ちっぱなしした。はじめの15分くらいは全然やったけど、後半は結構打てるようになった。打てないときはイライラッとするけど、打てはじめたら本当に気持ちいい。スカーンって感じで、上に上がっていくボールを眺めるのは最高。バドミントンと同じく、打った時に左足に体重移動した後の右足は軽く爪先立ちになってたりして。ポーズ、想像できる?様になってるでしょ。(実際はそんなにきれいなフォームじゃないけど、イメージだけでもね。)

今日のレッスンは「チップ」。グリーン近くまで来たときに、どんな感じでグリーンに乗せるかというレッスン。これが結構難しい。来週はパターで、その次はバンカーの練習らしい。バンカーの練習ってあるんですねとか普通に聞いてしまった。あるらしい。

昨日からの続編。部屋があったかいからか、一日で咲いてしまった。

今週のお花(オランダ)

今週のお花はこれ。

名前がわからんけど、めちゃめちゃ可愛い。私、活け花できないので、適当に切って適当に花瓶にさす。素人の私でもこれはあかんやろうと、何回もやり直してこれ。30分くらいかかった。

今日は天気があんまりよくなかったけど、何ヶ月ぶりにか自転車を走らせてマーケットに行ってきた。結構寒いから着込んでいったのが間違いで、もう汗だく。前々から自転車のタイヤの空気の入れが悪いから自転車やさんに行ってみた。2時間後に取りに行ったら、前も後ろも穴がいっぱい開いてたから取り替えましたって。

帰りの自転車こぎ、なぜかかなり楽。汗もかかず。タイヤの仕業やったらしい。何で周りの人はそんなにスイスイ早く進んで行くんやろうと思ってたら、パンクした自転車を一生懸命こいでた訳で・・・。これからの自転車生活の見通しがちょっと明るくなった。

今週は鉢植えも購入。黄色い水仙が咲くみたい。

Tuesday, March 13, 2007

スプリング(オランダ)

アムステルダムが帰ってきた!春がついにやって来た!

もう秋からずっと雨ばかりの毎日。ずっと雨が降ってるんじゃなくて、時々は日が差すけど、朝起きてもどんより。会社についてもどんより。週末もどんよりの曇りと雨の毎日には本当に嫌気が差す。って、先週末は快晴!

春といえば花。早速可愛いのを飾ったりする。でもこれが小さい花のいっぱいついてるやつで、花粉がすごい。で、今年もくしゃみをしたり鼻が出たりする。朝起きるとのどが痛い。5年ほど前から薄々は気づいてはいたけど無理やり無視しようとしてたけど、やっぱり花粉症?

というわけで、ちょっくらビーチに行ってみた。ここはノールドバイク・アーン・ゼー(Noordwijk aan Zee)というところ。

Saturday, March 10, 2007

リール(フランス)

フランスのリール(Lille)って言う街にやってきた。3月5日から8日まで。

色々と交通手段を考慮した結果、車で3時間半かけて行く事になった。まだ日本やアメリカの感覚でいる私は車で国境を越えるのはちょっとピンと来ない。しかもパスポートをチェックされることもなしに。オランダ、ベルギー、フランスはEU加盟国だからって言うのもあるんやろうけど。

しかし、どの国でも通貨(ユーロ)が同じなのは本当に嬉しい。他の国へ行くのに何が邪魔くさいって、帰るまでにそこのローカルの通貨を使い切れるだけの両替の額を決めること。もって帰ってきてもしゃぁないし。未だに中国通貨がテーブルの上に置きっぱなしにされてる始末。なるべく空港で寄付箱に入れるようにしてるけど、うっかりポケットにお金が入ってたりする。

レストランでエビを頼んだらカモが出てきた。どこか他のテーブルのオーダーを間違って持ってきたのかと思ったけど、間違えましたって取りにも来ないので、ウェイターに聞こうかとも思ったけど、オーダーとり間違えられたに違いないと確信し、ご賞味。これがうまい!カモステーキに洋ナシが乗っかったもの。エビを頼んだときに「あー肉にすればよかった」と思ってたので、実はちょうどよかった。

フランスでは英語をしゃべれる人は他のヨーロッパ国に比べて本当に少ない。もちろん私はフランス語なんてわからないので、仕事場では全部通訳してもらわないと前に進まなかったり。で、このレストランでウェイターは英語を喋れてたんやけど、英語のメニューでエビをオーダーした時、そういえばフランス語のメニューを見に行ってた。その時に、きっと他のものと見違えたんやと思う。それがカモ。それで話がかんでなかったんやと今気づく。考えてみれば、私はエビの質問をしてるのに、彼はカモの答えをくれてた。そういえばあの時、洋ナシと出てきますといってた。へー、メニューに書いてなかったのにと思ったの、覚えてるから。あの時点でもう話がかんでなかったのか。

私のホテルがあるところはリールの中でも古い地域らしい。石畳の道がなんとも趣があって大好き。建物も本当にいい感じ。パリよりいいと思う。(実はパリのファンではない私。)パリではここに住みたいとも思わんかったけど、リールは考えられる。この夜の街並みを一人で歩いてても全然ロマンチック。なぜか靴屋がかなり多い。服やさんもディスプレイに手を入れてるけど、そうは見えないシンプルさ。ウィンドウショッピングが夜でも楽しめる。

機会があればまた来たいリール。アムステルダムから3時間半(渋滞なしでは2時間半。)の手ごろさやから、いつでも来れるんやけど、仕事以外で一人でここまで来ようとはさすがに思わない。

Monday, March 05, 2007

アテネ(ギリシャ)Ⅲ

アテネのアクノポリスにあるパルテノン神殿。これは紀元前5世紀に建てられたもの。そんな前に立ってる自分にちょっと驚いた。

神殿は今、工事中。といっても完成するまでもう何十年もかかるみたい。はっきりいつ完成するって言ったか忘れたけど、ガイドさんが私たちの世代が完成してからもう一回くらい訪れられるってゆってたから、多分30年か40年後くらいやったと思う。なんか想像を超える。考えてみれば、関空を建てた年数より遥かに長い。

パルテノンは小高い丘に立ってる。そこからの景色はこんな感じ。ここはプロピレア(Propylaea) という、パルテノンのすぐ近くにたってるもの。ここからもアテネの市がよく見渡せる。


このアクロポリスには紀元161年に建てられたヘロド・アッティクス音楽堂(Herodes Atticus Odeon)がある。昔は屋根もあったらしいけど、今はこんな感じ。この写真では見えにくいけど、舞台は観客席の一番下にある。この観客席は1950年代に新しいマーブルで作り変えられて、今でもこの音楽堂はミュージカルとかショーに使われてるらしい。こんなところで夜のミュージカルとかコンサートとか、なんかロマンチック。月の見ながらのショーなんてなんかすごい。

プラカというとても古いエリア。アクロポリスの丘の下にある。ここの建物はとてもかわいくて、石で作られた細い道でつながれてる。ここで何の目的もなく散策。

このエリアにはところどころに本当に古い建物がある。これがそのひとつ。


プラカでランチをとることにした。オーダーしたのはラムのスブラキ(子羊の肉の串焼き)とドルマ(ご飯をブドウの葉で巻いたもの)。驚いたのはギリシャでのギリシャ料理は結構シンプル。私のスブラキ、付け合せはポテトだけ。

ニューヨークにいたとき、アストリアというギリシャのエリアに住んでた私。近所のギリシャ料理屋によく食べに行ったもの。大好きなギリシャ料理は本場のギリシャではどんなものかと期待したものやけど、来てみてびっくり。私、ニューヨークのギリシャ料理のほうが本場のギリシャ料理より好き。何が違うかって、やっぱり付け合せやと思う。例えば、ニューヨークのギリシャ料理やではグリルサーモンを頼むと、付け合せにレモンポテト、菜っ葉の煮たのとフェタチーズのソースがかかってくる。このチーズ苦手な私でも満足するソース。かなりおいしい。それなのに、ギリシャではオーダーしたものだけしかお皿に乗っかってこない。・・・ということは私、付けあわせで満足できればOKなのか?

バイバイ、ギリシャ。
次にまた訪れる機会があるのなら、是非とも青空の楽しめるサマータイムに来たいです。

Monday, February 26, 2007

アテネ(ギリシャ)Ⅱ

一日余分に滞在して、アテネの街を観光。待ちに待った土曜日、なぜか急に雨。一日中雨。聞くところによると、ギリシャの人はこの雨を何ヶ月も待っていたらしい。ずーっと晴れやったと。何ヶ月も。どうしてわざわざ私が観光する日を選んで雨は降るのか。それでも仕方なしに予定通り市内観光の団体に参加した。

これは紀元前6世紀に建てられたオリンピック場。そんなときから人間っていてたんやぁと思う。っていうか、動物を一日中追いかけてるようなイメージやけど、スポーツ大会なんかやってたんやぁみたいな。オリンピックはゼウスって言う神を称えるために始まったらしい。

ここは1896年に今のオリンピックを開催したときに使われた、第一回オリンピックの競技場。こないだの2004年のオリンピックでもマラソンの最後のゴールに使われたらしい。

実はこの競技場、楕円形じゃなくてU型。この写真の両端に壁が見えるでしょ。昔はマラソン、グルグル回るんじゃなくて、一直線上を行ったり来たりしてたらしい。だから、UでOK。

ゼウスの神のお寺。思ったより大きくなくて、アテネの市内にどこにでもあるかのような公園の中に立ってる。囲いは一応あるけど、特別に管理されてるようには見えん。野良犬もうろうろしてるし。

なんで何本もの柱がなくなってるかというと、昔はそんなに尊重されてなくて、大理石の再利用として、家を建てたりしたときににどんどん崩されていったらしい。あとはお土産にちょっとずつ削られていったり。なんか信じがたい話。

Sunday, February 25, 2007

アテネ(ギリシャ)

アテネの景色。ホテルの窓から。2月14日から18日までアテネに行ってきた。

アテネ自体はそんなにきれいではない。なぜかイスラエルのテル・アビブっていう市を思い出した。山は岩でできてて、土でできた山ではないところとか。でも、いくつかのマンションは結構いい感じ。薄い色(ピンクとかクリーム色とか)の壁に大きいバルコニー。見た目がかなり地中海沿岸特有の雰囲気が感じられる。こんなマンションを海辺にひとつ所有したいなぁと叶わない夢を見たりしてみる。夢見るのはタダ。

アテネ行きの飛行機に乗ったのは14日のバレンタインの水曜日。飛行機に乗るまでは思わんかったけど、席に座った途端に頭の中で「また飛行機に乗ってるなんて信じられへん。日曜日に飛行機から降りたとこやのに・・・。」と気づいた。そろそろこんなに飛び回るのは潮時かもしれない。

ところでギリシャではまだ禁煙が会社内で制されてなく、仕事中もプカプカ吸ってる。ヨーロッパではまだまだ喫煙が多くて、アメリカとは大違い。アメリカでは喫煙者は厳しい目で見られるほど。バーでもニューヨーク市内では禁煙なほど。タバコを吸わない私にとってはものすごく居心地のいいところやけど、バーくらいは吸わせてあげたいと喫煙者に同情するほど徹底されてる。

オランダでは喫煙者と禁煙者は半々くらいかな。タバコを吸いたい人は会社内のカフェに行って吸うか外で。その環境に慣れてる私にとっては、ギリシャでのトレーニング中もタバコを吸ってるのはきつかった。ちなみに私は風邪で咳をしてたので、余計にのどが痛かった。でも一応文句も言わずにそこの文化を尊重してみた私。外から来た人にとやかくゆわれるほどうっとうしいことないし。とか言いながら、実は窓を全開させてもらった。・・・メッセージは届いてなかったみたいやけど。

Wednesday, February 21, 2007

ラ・プラーニュ(フランス)

2月3日から10日までフランスのラ・プラーニュというところにスキーに行ってきた。って言っても、会社からの慰安旅行(合計240人!)+ミーティングがあったから、その前の週末前から同僚と前のりしてバケーション化したもの。

行く前はスノボーに2回目の挑戦と思ってたけど、結局はスキー。久しぶりの丸3日スキー、かなり楽しかった。天気はいいし、日本のスキー場と違って、しっかりとガードレールがされてないので、自分の滑りたいところを滑れる。山全体がスキー場。もちろん私は「ここがゲレンデですよ」っぽいところしか、いけんけど。スウェーデンの同僚は、もちろんものすごくうまい。そのうちの一人なんて、踵が浮いてつま先だけしか固定されてないスキーやし。どうなってんのこれ?みたいな。しっかりヘルメットをかぶって滑る彼、どのくらいのスピードが出てるのか、ご想像にお任せします。

これはパラシュートで自分で山のてっぺんまで飛んでいって、降り立ったところでスキーをする人。もちろん道になってないところを滑るのでかなりのテクニック(っていうか飛んでるところがもうすごいけど)。怖いものなし。もちろん写真の人は私でない。

これ、見渡す限りがスキー場。こういうのが山々連なってる。

スキーの後、ホットチョコレートで一息つく。これがかなりおいしかった。

毎晩毎晩、パーティーに明け暮れる毎年恒例のこの会社事例。イギリス、アメリカ、ドイツ、スウェーデン、オランダ他から社員全員集まるので、ちょっとくらい羽目をはずしても大目に見てもらえる(と思ってる)。飲みすぎてあんまり全部覚えてなかったり。でもその晩もパーティーなので気にしてる間なし。楽しかった。

シカゴ(アメリカ)


1月26日から2月1日にかけてシカゴに行ってきた。週末はジョシュさんがフロリダから飛んできて、ちょっとしたバケーション。バケーションにしては寒すぎたけど。もちろんマイナス気温。

久しぶりのシカゴは、前なら普通になんとも思ってもなかった空港で、なんだか懐かしい感じがした。それにやっぱり周りの人が話してるのを全部理解できるのって、最近の私にとっては慣れてないので、変な感じがした。例えば、ホテルでテレビをつけると、どのチャンネルももちろん英語。どのチャンネルでも理解して見れるのって、本当に便利。そんな小さいところで幸せを感じたりする。でも、一度アメリカを離れてみると、ヨーロッパ人たちが馬鹿にしげに話す、「アメリカ人」がちょっと目に余ったりする。なんかそういう客観的に見れるのっておもしろい。10ヶ月前はそこにどっぷり使ってた自分なのに。

Saturday, January 27, 2007

上海(中国)Ⅲ

一つの翡翠でできた仏様がいるお寺(玉仏寺)に行った。この建物は大雄宝殿と言うらしい。この風景は日本の普通のお寺に見れる光景が。お寺の付近は線香の匂いが。なんかどことなく懐かしい気分になった。建物が黄色いのは中国では特別らしい。皇居関係とお寺だけが黄色く塗られてるらしい。
この建物の中にその翡翠の仏様がいるわけではない。ここにはそれぞれの願い事がかなうお寺(建物)が入ってる。その一つに男の子が生まれますようにのお寺もあった。
中国ではまだ一人っ子政策が取られてるので、家族に赤ちゃんは一人だけ。家の名前を告がせたかったらもちろん男の子がいるわけで、ここで見た祈願者は本当に丁寧にお参りしてた。床に敷かれた絨毯の上に膝間づいてお祈りしてた。ところで、メインの翡翠仏は残念ながら撮影禁止。でもそれは結構大きかった。多分3メートルの高さとか言ってたような。そんなに大きくは見えんかったけど。

なんとも中国映画のシーンに出てきそうな感じ。

お寺内というのにこれまたセールが始まった。今度はティーハウス。4種類くらいのお茶をこの小さなカップでご賞味。まずこの長い方の湯飲み(4cmくらい)にお湯を入れて暖めた後、それを捨てて味見をする人たちにそれを配る。手を温めておくらしい。両手でそれを転がすかのように暖める。その後、急須に入れたお茶の葉を洗うかのように一旦お湯を入れ、それを捨てる。もう一度お湯を入れ、今度は長い方の湯飲みに注ぐ。その後、背の低い方の湯飲みを上にかぶせ、そのふたつの湯飲みがぴったり合わせてから、ひっくり返す。だから、小さい方が下で長い方が逆さまに入れられた状態。自分に配られた後、その長い方の湯飲みを上げて、小さい方にお茶を移してから、頂く。これまた大そうな作法。
透明の瓶は色んなお茶が入ってる。中には砂糖も入ってないのにほんのり甘いお茶があり、葉っぱを食べてみると、ものすごく甘かった。中国の人はぐっすり眠れる用のお茶とか、ストレス解消のお茶とか、体重を落とすお茶とかやら、色んな効能のあるお茶をその時々で飲み分けてるらしい。

この過去15年ほどで見違えるほど変わった上海。でもその町並みにはお金持ちや外国人だけではなく、昔からそこに住んでて、でも新しい高層マンションに入る余裕のない人たちの暮らしぶりが垣間見られる。

ガイドさんの話によると、27歳の彼女は昔、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんお母さんとの5人暮らし。住んでいたところは10平方メートルくらいの(乗ってた20人くらい乗りのバスを、このくらいの大きさといってた)部屋にカーテンで仕切って暮らしてたそう。それが普通だったらしい。ワンルームだけで、台所は外で近所の人と共同。トイレなんて、もちろん水洗じゃなく、地面に大きな木箱を埋めて穴を開けたものだったらしい。定年になった人の話でなくて、27歳の女の子の話がこれ。なんか共産主義ってこんなんかと思わされる。(今も中国は一応共産主義。でも、中身は資本主義と同じよう。)そんな今、彼女はアパートをふたつもってるという。

収入はと言うと、昔は政府に勤めてる彼女のお母さんの給料は4ドル程度だったらしい。個人経営の工場で働いてる人たちは9ドル。(多分一月)だから、彼女の家族は貧しい方だったらしい。それがあれよあれよと数年(3年ってゆったかな?)のうちにお母さんの給料は急上昇。今は400ドルくらい。それが個人経営で働いてた人たちはと言うと、ほとんどの人たちが仕事を失ったらしい。急成長で倒れていく会社がいっぱいあるそう。彼女が言うには平均収入は今、400ドルくらいってゆってた。と思う。この辺が曖昧。でも日本や他の進展国に比べると遥かに低かった。それなのにスターバックスでは他国と同じ値段でコーヒーを売ってるから、不公平だと言ってた。こんなに急成長した上海。コーヒーを買うのではなくて、その3ドルするコーヒーを買える自分に満足する満足感を買ってるかのよう。

そんな上海を見て、5・60年前の戦後の日本を考えてみた。多分似たような感じやったんと違うかなと思う。どんどんと急成長していく日本は国全体が一体となって「金持ち」になるのを願って私たちのおじいちゃんおばあちゃんは一生懸命働いたんじゃないかと。

いろんな国に来ると、本当に色んなことを習う。「今」だけを見るんじゃなくて、「昔」の人たちがいたから「今」があるんだなぁと。中国だけでなく、他の進展国も含めてその「昔」といずれかは思われる「今」を頑張ってるんじゃないかと思ったりする。

上海(中国)Ⅱ

上海に着いた翌日の日曜日、1日観光ツアーに参加した。上海の下調べは全くしてなかったので、どこに行くツアーが一番いいのか分からないため、まず無難な市内観光。
始めの目的地がここ。上海老街。市全体がこんな建物でできてるのではなく、ここ一体だけ。建物に興味のある私は結構私は感動した。なんかあー中国にきたんやなぁとイメージしてた中国と重ね合わせたりして。
有名なティーハウスらしい。
上海の有名な食べ物、小籠包を機会のように大勢で流れ作業で作ってた。皮を作る人と、中に肉詰めしていく人。奥の方にもずらりと並ぶ蒸籠の多さに圧倒される。ここは何時間も待ちでお客さんが並ぶほどのものすごく美味しい店らしい。残念ながら今回は小籠包、頂きませんでした。


豫園という庭園が有名なところに来た。 敷地内には色んな建物や独特の雰囲気の庭や池があちこちにある。 塀の上に作られた龍。向こうの方までずーっと尻尾が続いてる。
この壺のような形でくりぬかれた塀は昔の建物の工夫で、向こう側に見える景色を額縁にはめたように見せたもの。
中国の建物は本当に凝っている。
上海に来たらこれをを見ないと上海に来たと認められないほど有名は建物らしい。
私にとってはこういったごく普通そうなちょこっとしたところにある景色の方が感動する。竹薮を装った庭園。静かで気が和むようなそんな感じ。

庭園から一歩出ると住宅街。中国の正月はもうすぐ。2月の中旬らしい。その準備にお店には赤いものがいっぱい掲げられてる。ここでもたくさんの爆竹と提灯が所狭しと並ぶ。
シルクのミュージアムみたいなところに連れて行かれた。


何人かの女の人が、蚕の殻に巻きついてる絹の糸をこの機械で一本ずつ解いていく。これが見事に一本のシルクの糸。多分、殻ひとつにつき2000kmの長さの絹が巻きついてるって言ってたような。青い籠に入ってるのが解き終わった殻。その中にはもちろん蚕がいる。それは食べるらしい。料理して。

ガイドをしてくれた人はカニみたいな味がするといってた。(中国では何でも鳥の味に似てると言うのではなくて、カニの味に似てると言うらしい。)水の中にある白い塊が今ほどかれてる殻。何個かから出てる糸を合わせて強い糸を作っていく。触ってみたらこれがかなりしっかりした糸だった。
この時、気づかんかったけど、次の部屋に行ってもう一通りの説明を受けた後、なぜかさっきまでは蚕について説明してくれてたガイドさんが、押し売り並みの口調で絹の掛け布団の売り子に早代わり。私はまったく買う気がなかったので、横に立って周りを見渡したそのとき、私が目にしたのは、さっきまで一生懸命働いてた女の人たちが、ぱったりと手を休めてそこに突っ立ってる。な・なんとこの人たちは仕事をしてたんじゃなくて、デモンストレーションをしてたのだ!言われてみれば機械も少なかったし、こんな街のど真ん中に工場があるわけがない。なんか本当にやられた気分になった。そんなところでおつおつと掛け布団を買う人たち・・・。

Thursday, January 18, 2007

上海(中国)

今回の旅は1月13日から19日まで。上海へ。

上海に来るのは前からかなり楽しみにしてた。香港では見られんかった中国的なものが見れそうな気がして。来て見ると、他の大きな都市と比べて何の代わりもない様に見えるけど、あちこちで中国らしい建物が見られる。

上海は思ってたより寒かった。曇りがちで結構暗い。だから余計に寒く感じる。運良くこの写真を撮るときはお日さんが出た。でもこの日以来ずっと曇り。

着いた次の日に一日観光に申し込んで、上海の街を観光した。ガイドさんによるとこの写真の地域は毎年1センチずつ沈んでるらしい。でも、今でもいくつかの背の高いビルが建てられてる最中。それに世界一高くなるといわれてるビルも、ただ今建設中。

ホンコン(中国)

ホンコンに来た。また。1月9日から13日のなか三日。正月早々の仕事始め。3回目の訪問で泊まったホテルの部屋からの景色は良かったものの、ベッドがかちんこちんに硬い。こんなに硬いベッドで寝たの初めて。ホテルの予約、自分ですればよかったとかなり後悔。夜もぐっすり眠れないまま起きる朝は格別に辛かった。
仕事とホテルの間にある一角はお肉屋さんがずらりと並んでた。お肉屋さんと言っても、外にお肉がずらりと並ぶ。牛のセクションと豚のセクションに分かれてた。よくよく見ると色んなものが並んでる。よくよく見ると、なんか見たことあるようなないようなものがいっぱい並んでる。
上の写真の真ん中下には牛のしっぽらしきものも。あと、おっぱいみたいなのとか。
一番げっそりしたのがその隣のお肉屋さんの豚足がずらりとぶら下がってるもの。小さい方と大きい方が並んでた。ちょっとキモイ。
この他にも豚の鼻を頭の上までながーく切り取ったものとか(顔の両側が切り離されてる)。
しっかり牛のタマタマも(袋にびっしり)。

3日間滞在のうち、2日、お昼ご飯は飲茶やった。
まず、この漢字だらけの紙に書かれた飲茶に何個ずつ欲しいかを鉛筆で書いていき、それをウェイターに渡す。
・・・と、来るわ来るわ。ノンストップ。次から次へと運ばれて来た。ターンテーブルに乗り切らないくらい。もちろん、ご完食。

次の日の朝、凝りもせず、また飲茶。
朝の9時から朝ごはんに飲茶。次の目的地へ向かう朝、空港で。これがたたって、一日中気分が優れなかった。

今回の香港滞在は結構短かった。思い出せるものといえば飲茶のみ。

Sunday, January 14, 2007

年末年始(日本)

12月24日のクリスマス・イヴ到着で日本に帰ってきた。家族と2週間も過ごせるのは1年頑張って働いた甲斐があったと実感するとき。特に急成長してる姪(6歳)と甥(3歳)に会うのが楽しみ。っていうか、実はそれがあるから帰ってきてるものといってもいいほど。

クリスマス・イヴに張り切って空港まで迎えに来てくれた姪と甥に、今年は忙しすぎてゆっくりプレゼントを買う時間がなかったのが残念。子供と言うものは本当に正直なもので、今年はこれだけ?みたいな顔をされた。しかも、プレゼントを買うに当たって、店に並んでるものは全部オランダ語なので、おちおち絵本も買えない難しさ。嵩張るおもちゃなんて到底荷物制限が厳しいヨーロッパからなんてそんなにいっぱい持ってこれるものでもないし。・・・と言い訳に聞こえるか。

帰ってきてまだ時差ぼけも抜けてないうちに1週間でお正月。3ガ日が終わって姪と甥のお年玉を見てびっくり。こんなにも数、もらえるわけ?この年で・・・。今やから惜しまずに出してくれてる親戚の人も、きっと中学生くらいからはバッタリやむやろうな。っていうか、自分がもう何年も貰ってないから数、多く見えるんかな。とりあえず私が小学校低学年のときは「お年玉やから」と、本当に玉(硬貨)しか入ってなかったポチ袋もあったのに。世の中は変わったものだ。


3日目になってようやく初詣に行った。おねえの家族と一緒に。「たこ焼きが食べたい」と言ったのに、なぜか行き着いた先はぜんざいやさん。「夜、たこ焼きパーティーしたらええやん。」の言葉に乗せられた。おねえんちのたこ焼き器。実家が持ってたガス用の一気に30個くらい焼けるのとはちょっと違う。今は電気使用(みたい)。
たこ焼きをクルッとするのなんて、何年ぶりにしたやろう。自分では達人の私。6歳の姪が「一人で全部やる!」と意気込んでるところを、横から競争を挑むかのように必死になってやったった。「たこや機器、オランダにもって帰ったらええやん。」と言われたけど、これほど一人でして寂しいものはない。しかもいっぱい引っ掛けながら。
ようやくできたたこ焼き。しかし、食べ過ぎた。やっぱりソースもいいけど、私は中に醤油(おねえのところはダシ醤油やった。)が入った醤油たこ焼きが大好き。


めちゃめちゃ地元のお好み焼きやさん。2・3年は軽く行ってなかった念願のお好み焼きを堪能した。毎年日本に帰るたびに行こうと試みるが、機会があんまりない。前回なんてせっかく行ったのに休み。久しぶりのここのお好み焼きは本当に美味しかった。私は鰹節、ひらひらしてる方が好きやけど、まぁよし。手前のが私の。美味しそうにできた。実際うまかった。

神戸に家族総出で美味しい中華を食べに行った時、なぜか子供たちが動物園に行きたいと言い出した。王子動物園。もう3時。実際どこにあるかも分からず、おねえの勘で車を走らせたお父さん。たまたま着いてしまった・・・。私はかなりどんよりモード。動物園なんて、閉園の時間は近いやろうし、くっさいやろうし、動物興味ないし。
おーっとこれがなんのその。パンダがいてるなんて!これが笹の葉を食べて可愛い。子供に負けず一番最前列でパンダを見たり、オットセイを見てる私を見ておねえが一言。「あんたが一番、はしゃいでるやん。」・・・鋭い。
例年より暖かめの今年。ホッキョクグマがぐっでりしてた。こういうところでも地球温暖化現象が見受けられる。
結局閉園までの数時間、動物さんたちを堪能させていただきました。結構あそこ、面白い。どっちかと言うとまた行きたい。

誕生日。お友達からお花が届きました。こういうサプライズ、本当に嬉しい。・・・と言うことで、大台をまたいでしまいました。去年は大台に乗ったけど、乗るより跨ぐ方が辛い。どっちかと言うと、去年の誕生日は結構嬉しかった。なんていうか、大人になった感じがして。
二十歳からの10年間は私にとっては本当に長い道のりで、自分のこと、よくやったと思うから、30になったときはその誇りと言うか、そんな感じがした。次の10年はどうなることやろう。ここ一番の人生の一発勝負といったところかな。女としての可能性がこの10年で決まる。(意気込みすぎ?)

と言うわけで、1月9日に一度日本を去った。出張で。けど、また戻る。オランダに戻る前に2日間だけ。その楽しみがあるから年初めの仕事も渋々できると言うわけ。