Sunday, July 30, 2006

パリ I(フランス)

ハロー・パリ!

Tuesday, July 18, 2006

イスラエル Ⅵ(イスラエル)

甘かった。いい思い出ばかりで帰れると思った私が・・・。

周りの人のアドバイスによると、空港はセキュリティーが厳しいから3時間前には行ったほうがいいよと言われ、実行した。アドバイス通り、1つ目のセキュリティーポイントで隈なく質問され、2つ目のセキュリティーポイントで、かばんのスキャン。3つ目のセキュリティーポイントではカバンの中身を念入りに見られる。(なぜか私のコンピューターが引っかかり、10分ほどここで過ごす。)4つ目に行くところはようやく航空会社のチェックイン・カウンター。やれやれとチェックインした後、かなり時間が余ったので、次のチェックポイントにはそのまま行かず、ランチを済ませ、仕事を少しした後、搭乗時間が近づいてきたころを見計らって最後のチェックポイントへ。空港について1時間半くらいたってたかな。

すると、何回も私のカバンをスキャンし、靴を脱がせられ、色々質問攻めされる羽目に。何も悪いものをもってるわけではないけど、ここまで質問されると、もしかしたら狭い部屋に連れていかれるのかなぁとか、勘違いで刑務所に入れられたらどうしようとか、妄想しだすもの。始めに聞かれた質問は、「チェックインしてからだいぶ長いこと経ってるけど、何してた?どこにいた?」と。早めに行けといわれたから来たのに、来たら来たで逆手にとられた・・・。

何とかなるやろうとポジティブになってきた私に、「はい、荷物全部持って、ついてきて下さい。」とセキュリティーガードが。えーー!!びっくりするで。マジで。ここで慌てると余計に怪しまれるのでスタスタと普通に装って着いていった先が、エーこれさっき通ったセキュリティーポイントやん!やり直し・・・らしい。今回は、前回みたいにカバンの中を覗いたりするだけでなく、もってたカバン全部の中身を出し、一つ一つ丁寧にスキャンしだした。ペンとか、財布とか、本とか。飛行機の時間があるし、どうしたもんかと思ってたところに、一人の男の人が来た。彼によると、「私がここのスーパーバイザーです。何か質問があれば遠慮せずに言ってください。」とゆうもんやから、「何が起こってるのか教えてください。」って聞いたところ、「それはセキュリティーの都合によりお答えできません。」って。なにそれ。そんなら聞けゆうなよー!

とりあえず、念入りなボディーチェックも全部受けた後、何も出てこず。でも、私が飛行機に乗るときに必要なもの以外全部はチェックインしないといけないと。なぜかカバンは全部強制的にチェックイン。と言うわけで、写真に写ってるセキュリティーがくれたカバンを使うことに。(多分このカバンを持ってる人はあんまりいてないと思う。)ここにパンパンに入るものは入れられ、カバンと他のものは白い箱に入れられてチェックイン。アムステルダムに着いたときに他にチェックインしたカバンと出てくるからと。

で、とりあえずアムステルダムへ。待っても待っても出てこない私の白い箱。気づいたら、他の人の名前でドイツに行っていた!2日後には手元に戻ったものの、家の鍵、箱に入ってなくてよかったーとしみじみ思った。誰も泊めてくれるような知ってる人いてないし。

”BON VOYAGE”って、あんたらのせいでせっかく楽しんだ旅が台無しになったわ。


帰ってきてセキュリティーの厳しさに納得。イスラエルで戦争が始まってる。よくよく考えると、私、カバンの中にウェブカメラとか、充電器とかカメラとか、そういったコード系のものがいっぱい入ってた。それで怪しまれたんやと思う。爆発装置と思われたか?

今日、17日にイスラエルで一緒に仕事をした人と電話で話をした。彼女はテル・アビブに住んでるけど、出身がハイファ。今、アタックされてる市。聞くところによると全部店が閉まってて、仕事に行く人はいず、全員家の中で待機してるらしい。彼女のお母さんはまだそこに住んでるらしく、こっちに来るように説得してるらしい。なんかそういう話を聞くと、今までテレビでしか見てなかった”他人事”っぽい現実が、誰にでも起こってくる可能性のある”戦争”と思うと、真剣に考えさせられる。


イタリアのアルプスの上を飛行中。こんなに平和なところもあるのに。平和を作ろうと思えば作れるのに、何で軍事系は市民を無視して戦争を起こしたがるのか。

Sunday, July 16, 2006

イスラエル Ⅴ(イスラエル)

7月10日。イスラエル旅立ちの日の朝。海がものすごくきれい。波の勢いを和らげるために作られた防波堤は同じ間隔に並んでるので、波打ち際がいくつもの弧状で作られててきれい。

テル・アビブの町並み。まだまだ発展してる。高級マンションはものすごく大きいバルコニーが作られてる。高級でなくてもほとんどのマンションはバルコニーが設けられてて、夏の太陽を楽しめそう。


イスラエルでは、レストランやホテル、その他の公共の場には必ず銃を持ったセキュリティーガードがいる。警察でもなく、セキュリティーの人が銃を腰に備えてあるのは日本人の私には少し気が引ける。数日もたてば慣れてしまうけど。聞くところによると誰でも銃を持てるらしい。写真は私のホテルのセキュリティーガード。ベルボーイではない。




そういえばオールド・エルサレムで、遠足中(?)のソルジャーに出くわした。ほとんど18-20歳くらい。男の子は3年、女の子は2年、特別な理由がない限り、みんなアーミーに入らないといけない。男の子は40歳まで、女の子は25歳までリコール(戦争があるときに呼ばれる)される可能性あり。全員ベースに一回は入るので、出てからも結構トレーニングを続けてて、イスラエルの人はスタイルがいいと思う。家からベースに通う人たちも多く、公共バスに普通にこのマシンガンを掲げて乗ってくる。・・・と言うことは、家にこれをもって帰ってるわけで・・・。考えさせられる。でも、イスラエル人にとっては普通に見られる光景なわけで、日本人に比べて、銃に対しての抵抗感があんまりなくなってるのかな?

とゆうわけで、もちろん空港の入り口にはこんなサインが。


バイバイ。イスラエル。

Friday, July 14, 2006

イスラエル Ⅳ(イスラエル)

7月9日。エルサレムに観光。写真はエルサレムにある、オールド・エルサレムという、旧市街。イエスキリストが処刑されたところ。旧市街との境目は四角く囲まれた壁。中が旧市街。金色の屋根の建物がエルサレム神殿(?)。

壁。


中。オーソドックスの服装をした人たち。


隅っこのところからドームに向かって、お祈りをしてるユダヤ人のおっちゃん。

ドームの手前にある少しだけ残ってるウェスト・ウォール。そこに頭をくっつけて祈るユダヤ人の人。男の人用、女の人用に分かれてある。なぜか女の人用のほうが狭い。ここに入るとき、厳重なセキュリティーチェックがあるんやけど、そのときに、肩の見えてる服を着てる人はちょっとしたストールが貸し出されてあって、肩を隠すように注意を受ける。ここは神聖なるところなので、みだらな服装は許されない・・・らしい。私もあっついのに持ってた薄手のセーターを着る羽目になった。


信仰深い人たちはお祈りが終わったあと、後ずさりしてこの壁から遠のいていく。失礼のないように。



ちょっと入るとそこはもうアラビア系。イスラム教徒が住む世界。


教会はフットボール場ほどの大きさだそうで、その教会の上には普通に建物が建ち、町並みができてしまってる。これはその教会の上のところ。ものすごく古い。



イエスキリストが十字架にかけられたところ(らしい)。額縁の前に穴が開いてて、そこが祭られてる。訪問者はそこに手を突っ込んでお祈りしてた。宗教派ではない私は、聖書の話を丸ごと信じることはなかったし、これからもないとは思うけど、イエスキリストと言う人が本当にいて、その人が処刑された場所っていうのが本当にあるんやと痛感した。世界のどこかにはあるかもなとも思ったこともないところにまさか自分が訪れるとは思ってもなかった。この他にもキリストが処刑された後、彼の体を寝かせて埋葬する前に体を洗ったとされる石のベッドみたいなものもあった。なんかそういうものを現実に見ると、考えさせられるものがある。


おみやげ物やさんは宗教的なものが圧倒的に多い。オリーブの木で作られた彫刻とか。私のツアーグループで、さっそく1200ドルの木彫りのキリスト関係の彫刻一式買ったアメリカ人がいた。びっくりした。


そんなこんなでエルサレムのツアーは終わった。これはかなりよかったと思う。ぜひお勧めしたい。

Thursday, July 13, 2006

イスラエル Ⅲ(イスラエル)


初めて昼間っからビーチに出た初めての休みの日。同僚の人がセーリングをしよう!というので、 乗り気になってしまった私。風が強いため、出せなかった。セーリングをしたことのない私とは、もし同僚がボートから落ちた時、ボートをナビできないので、リスクが大きすぎると。とりあえず、写真だけ。(同僚は写真の右側に写ってる人。)

ビーチでよく見かけたのが、このラケットボールと羽根突きを混ぜ合わせたようなもの。これが、全然跳ねないボールを卓球のラケットのでかい版で思いっきり打ち返す、その繰り返し。これが結構面白そう。早速お土産に買ってみた。どこでやろう?


オールド・ジャッファというところ。5000年くらいの歴史があって、聖書にも地名が出てくるほどの古さ。晩にここの散策をした。

かなりいい雰囲気。私、こういうの大好き。なんか全部が迷路になってそうな勢い。

多くの芸術家が住んでるこのオールド・ジャッファでちゅうに浮かんだ木を発見。

オールド・ジャッファを散策した後、レストランに入ったのが、夜中の12時。これがまたここで見たメニューにびっくり。でてくるでてくる。肝やら心臓やら金玉やらラムの油やら・・・。

出てくる出てくる。韓国料理のように前菜が頼まなくても15種類くらい出てくる。ほとんどピタ見たいなパンにぬって食べるもの。これが、絶品。あと、ここで食べたグース(ガチョウ)の肝がものすごくうまかった。あと、カバブのおいしいこと!イスラエルのご飯はかなりおいしい。

Saturday, July 08, 2006

イスラエル Ⅱ(イスラエル)


火曜日、水曜日とビーチにあるでっかいスクリーンでビールをいただきながらワールドカップを見た。ものすごい人。歓声の声と波の音が混じりながらいい感じだった。とりあえず、ドイツが負けたときはみんな大歓声。ドイツ、結構人気ないみたい。

朝のビーチ。

日中のビーチ。

お昼ごはんのメニュー。全部ヒブル語。右から左に書くので、値段は左側。がんばって読んだらカタカナ読みできそうな勢い。

お昼ごはんの前に出てきたアピタイザー。ハマスとピタブレッド。これがかなりうまい。ハマスはアメリカで食べたことがあるけど、苦手だった私。ここのハマスは絶品。

Tuesday, July 04, 2006

イスラエル I(イスラエル)


グッドモーニング・イスラエル。

6月30日の出発で、ジャカルタからアムステルダムに一旦戻り、2時間のコネクションタイムに間に合うかハラハラしながら次の飛行機に乗ってイスラエルのテル・アビブに来た。24時間の旅。


7月1日の夕方にやっと到着。ホテルはビーチ沿いなので、早速泳ぎにいった。早速クラゲにさされた。これが結構痛い。
イスラエルの滞在は10日ほど。写真は私の部屋からの景色。

ジャカルタ Ⅳ(インドネシア)

インドネシアン・ランチ。

これまたインドネシアン・ランチ。レストランにて。立派に魚は形づくられて揚げてある。手前にあるチキンはピーナツバターのソースをつけて食べる。これが甘い味噌みたいな感じで、ご飯とよく合う。向こうのほうに見えてるのがヒロスみたいなものを揚げたもの。これがまたおいしい。


外にあるちょっとした屋台。こういうのがあちらこちらにある。魚の身の団子を売ってたり、ビーフスープとか、色々。朝から大繁盛。お昼も晩も。これが結構な人気。聞いてみると、ビーフの団子の入ったスープは50円くらいらしい。そりゃ流行る。


マクドにフライドチキンと、ご飯が普通に売ってた。ご飯はハンバーガーのように紙に包まってる。びっくりして仰天してると、そんなにおかしいか?見たいな感じで見られた。日本で照り焼きバーガーとか、韓国でキムチバーガーがあるような感じなんやと思う。それにしても・・・。


信号待ちの光景。バイクに平気で3人乗り。しかもこれまた真ん中が2歳くらいの女の子。あぶなないか?聞いてみたところ、あんまりルールと言うものがないみたい。アルコールを飲んでも車、全然運転していいらしい。だから、バイクの制限もなさそう。


渋滞で止まってるところに色んなものを売りに来る人たち。その中で悲しそうな顔でおんぼろのギターを持って、歌いにきた人。申し訳ないが、クーラーがかかってるので、窓は閉まってるので聞こえなかった。・・・ので何も払わなかった。


そんなこんなで、6日間のジャカルタでの旅は終わった。

Sunday, July 02, 2006

ジャカルタ Ⅲ(インドネシア)

ドリアンを食べた。

ショッピングモールに連れて行ってもらった時、なんかこれまたどぎつい匂いがするなぁとおもったら、ドリアンやった。しかも、まだ店に入ってないし、店のドアも閉まってる状態やし、ドリアンのある場所は店の奥のほうやのに、店の外まで匂いが満喫してる感じ。匂いはうんこみたいな匂いがするって聞いてたけど、そうではない。なんの匂いに似てるやろう。ごみ?臭いことはくさい。

店に入って珍しそうに見てたら、おっちゃんが、食べてみる?って。それでちょっと一切れきってもらって食べた。なんていうか、アボカドみたいな柔らかさ。こうなんていうの、ものすごく柔らかくて、口の中でバターみたいに溶けていくような感じ?おいしかった。でも、きっと二度と食べることはないと思う。


中身は竹の子みたいな形で、売られてる。


ドラゴンフルーツとよばれるものを発見。なんかよく分からんけど、ものすごく毒をもってるような見栄え。


卵はパック入りとばら売り。ばら売りのほうが安いらしい。まぁ納得できる。だって、ちゃんときれいに洗われてなさそうやった。羽毛とかついてるのがあったし。


これは昔からの人形らしい。糸釣りにされて操る人形。なんか怖い。